小川島は九州の佐賀県北部の玄界灘にあり、豊臣秀吉が築城した名護屋城からも一望できる小さな島です。江戸時代から昭和30年代までは捕鯨が盛んでした。
現在も山の高台には、沖を通る鯨を見張り、発見すると旗で合図を送っていた「鯨の見張り所」があり、捕らえた鯨を捌くときの唄「鯨骨切り唄」が伝わっています。
面積 | 0.92平方キロメートル |
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人口 | 約700人 |
周囲 | 4.0km |
呼子からの距離 | 5.0km(定期船で約20分程度で到着) >>時刻表はこちら |
産業 | 漁業が主体で、イカの一本釣りと、ウニ、アワビ、サザエなどをとる採貝漁業が盛んです。郷土料理として、半生のスルメを皮と足を内側に巻き糸で縛って食する「巻きスルメ」があります。 |
魚釣り | 春(メバル、チヌ、クロ、アジ) 夏(チヌ、バリ、アジ、イサキ) 秋(アジ、スズキ、ミズイカ、ヤズ) 冬(メバル、クロ、ササイカ) |
祭り | 小川島祇園祭が7月14日、15日(満月の日)に行われます。顔に化粧を施した男たちが山笠をひいて島内をめぐります。 |
小川島は、長崎から壱岐を経て1595年に伝わった捕鯨によって繁栄しました。島に移住した中尾氏が小川島を本拠地とし、千人以上を率いて捕鯨を行いました。その繁栄振りは、長崎くんちの「鯨の潮吹き」は繁栄していたころの3代中尾茂啓が中心となって作られた、との逸話も残っているほどです。捕鯨は18世紀初頭から昭和初期にかけて興隆を見せ、鯨にまつわる民話や唄なども残っています。 また、鯨の供養のために建立された鯨鯢供養塔は、今でもその面影を伝えています。
小川発 | 呼子発 |
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07:00 | 08:00 |
08:50 | 10:50 |
13:00 | 14:20 |
15:20 | 16:10 |
17:00 | 18:00 |
小川発 | 呼子発 |
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小川発 | 呼子発 |
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